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  • PR誌『評論』181号:都市の成長と都市政策  ──『パリの肖像 19─20世紀』の刊行に寄せて

都市の成長と都市政策  ──『パリの肖像 19─20世紀』の刊行に寄せて

羽貝 正美

周知のとおり、今日、インド、中国、ブラジルといった発展途上国における人口の急増に押し上げられるように、世界の人口は今や69億人に迫ろうという勢いにある。こうした中、都市の成長と規模拡大には目を見張るものがある。およそ半世紀前の1950年当時、人口100万人超の都市は、先進諸国を中心に世界で80ほどしかなかった。しかし1990年には270都市、その多くを発展途上国が占め、現在は約300都市を数えるに至っている。2010年3月に公表された国連経済社会局人口部の報告によれば、人口50万人超の世界の都市のうち、その4分の1(185都市)を中国が占め、その数は今後さらに増加する(2025年までに107都市の増)ものと見込まれている。21世紀が、文字通り、都市人口(35億)が農村人口(34億)を上回る「都市の世紀」として走り始めていることを裏付けるような数字である。経済のグローバル化が進行する中、それらが国境を超えた相互依存関係を一層深めつつあることも看過できない。
では、こうした途上国に見られる都市化の加速状況や、すでに大規模な都市圏を形成している先進諸国の都市状況は、私たちに何を問うているのだろうか。都市と農村との、あるいは都市内部における貧富の格差、社会基盤整備の遅滞、都市と郊外との社会的分離、自然環境の劣化や喪失、安全な食料や水、またエネルギー資源の確保の難しさなど、問題の複雑さや重さは当然に各都市・各国で異なろう。
しかし、それらはいずれも、先進国、途上国を問わず、すべての都市、とりわけ大都市が共有する課題群でもある。端的に言えば、「都市」あるいは「都市圏」なるものの機能やその発展・成長のあり方を、フィジカルな側面と社会的な側面、その両面から問い直し、これを制御し支える主体やその制度的枠組みを再検討することを迫られているように思われる。次なる都市政策やその理念・哲学はこうした問い直しなくして生まれ得ないからである。私たちはいかなる都市を築こうとしているのか、どのような都市に生きたいと願っているのか。各都市で、また各国で、そのビジョンと、これを実現する都市政策や国土政策を再度見直すことが求められている。
現代都市の置かれた状況をこのように整理し、現在と未来の都市のありようやビジョンを問い直そうとする時、まずは都市の発展と成長の過程を振り返ること、時に矛盾をはらみながら連綿と続く都市政策や国土政策の帰結を検証することが不可欠となる。また政策の連続と不連続の中にあって放棄されたビジョンが、仮に実現していればもたらしたであろう豊かな都市環境について、それを改めて想起する作業も有益である。
この度、拙訳によって刊行の運びとなったベルナール・マルシャン著『パリの肖像 19─20世紀』は、まさにこうした問題意識からまとめられた作品といってよい。パリは、人口に膾炙するとおり、紀元前3世紀頃のシテ島を発祥の地とし、その後、ローマ人の都市・ルテティアとして発展の基礎が築かれ、セーヌ川を活用した水上交易によって漸次発展を遂げた都市である。また帆船を描いたパリ市の紋章はセーヌ川水運組合の紋章に由来するが、一六世紀以来そこに刻まれる「たゆたえども沈まず」の銘文の示唆するとおり、歴史の荒波を乗りこえてきた都市でもある。
本書はこうした歴史をもつパリを対象に、19─20世紀の2世紀に及ぶ近現代の発展過程と都市変容に焦点を合わせ、その特質と背景を、政治・行政の構造も含めて多角的に探ろうとした作品である。そこに描かれているのは狭義の都市計画の歴史にとどまらない。そこに生きた人々の生活や文化もまた生き生きと描かれている。そして何よりも、パリという都市の成長を振り返り、パリ都市圏あるいは地域圏のあり方を模索しながら、広く都市政策の今後の方向性と、首都と地方との関係を問い直そうとしている点に大きな特色がある。
長期の過程を扱いながら、一般の通史とは一線を画する本書が様々な立場の多くの人々の目にふれ、これからの大都市を考える際の視点がより豊かになることを願いたい。
[はがい まさみ/首都大学東京都市環境学部]