神保町の窓から(抄)

▼国会図書館が1948年に創設され、すでに60年を越えた。戦後、「真理がわれらを自由にする」という設立理念のもとで繰り広げられた国会図書館の活動は、われわれの、切なる民主化への希求に、力ある理解者であり指導者であったと思っている。その国会図書館が60周年を迎え、次の100年へ向け、七つのビジョン=国会図書館の役割を公開している。その中に、「利用者が求める情報への迅速で的確なアクセスまたは案内をできるようにします」と「利用者がどこにいても、来館者と同様のサービスが受けられるように努めます」というのがある。文面を素直に読んでいれば、何てことのない文言であるが、「どこにいても、来館者と同様の……」とはどういうことか、と思った。同館は説明する。「原資料の保存のためのメディア変換の手段を原則としてマイクロ化からデジタル化に転換し、デジタル・アーカイブとして蓄積・提供する」というのがその心だ。図書館へ行かなくても本がみられる、と解釈していい。書籍のデジタル化は多くの機関、企業が目的はそれぞれに違うが、こぞって始めている。国会図書館は国の予算を使って行う、いわば国家事業だ。法定納本するわれらの本が、次々にデジタル化され、図書館へ行かなくてもサービスが受けられる日はそう遠くないだろう。本など見たことも、触ったこともない青少年が増大し、ましてや「繙く」などということばは、死語となっていくにちがいない。いやなことだ。しかし、この方向は、田作がいくら叫んでも止められない流れだろうが、誰が旗振りをしているのかと聞いてみた。なんと国会図書館の館長が総大将になっていた。長尾真さんは京都大学の総長をつとめたあと、2007年に館長に就任する。前歴がすごい。手書き文字を識別する技術開発、これは郵便番号読みとり装置に応用され、また、論文の自動翻訳システムも開発し、勲章ももらっている。とにかくすごい情報通信技師なのだ。デジタル化にあたっては、最適の人事であったろう。最近まで、この力の入れようを承知せず、迂闊だった。
▼インターネットの世界はたしかに早い。居ながらにして瞬時に回答(らしきもの)が得られる。回り道もない、小休止もない。とにかく無駄がないのだ。ワードに「かん」と打ち込んでみた。変換キーを押すとすぐ80文字があらわれた。「簡単」の簡がほしかったのだが、どのカンかわからない。そこで「かんたん」と入れてみた。これも六つの「かんたん」が現れた。こうなりゃ、当てずっぽうでひとつを選ぶしかない。間違っているかも知れないが、「肝胆」ではないだろう。不安を伴っていたが「簡単」を選んだ。いい効率だ。しかし、この行程で首はかしげたが、思考はしなかった。勘を働かせただけだった。これに似た方式でデジタル本を読んでいくと、つっかえるとか、考え込むというマイナス行為が省かれてしまう。大事なのはこの躓きだと思うのだが、如何。本当は誰かが装置したものを見つけただけなのに、あたかも、自らが作りあげたもののような錯覚に陥ってしまう。国会図書館も、それは承知しているらしい。あの創設の理念「真理はわれらを自由にする」が「知識はわれらを豊かにする」に変えられていた。知識を情報とおきかえたらどうだ。格調も低く、品も悪い。
▼かつて、お世話になっていたA信用金庫の、担保流れのマンションの空屋を借りて、わが社は本の倉庫としていた。信用金庫は、金は貸しても、不動産屋ではないから貸倉庫などは、おおっぴらにはやれないのである。貸す方も借りる方も、後ろめたい気分で使っていたその倉庫に火がつけられたのは、1983年の秋であった。信金の言うがままに、住宅ローン並の長期で大金を借りて、三階建ての倉庫を造った。「いくらでも作れ、格納する場所はたっぷりある」と気負ったわけではなかったが、われわれの作った本はみるみる倉庫に貯まっていった。「流通倉庫じゃないナ、まるで蔵だ」と自嘲をこめてそう評した。しかし、自社倉庫があるということは、倉敷料についての感度が鈍くなる。あれこれ工夫してめいっぱい詰め込むからだ。倉庫業者に委託せず、自社の社員で出荷・配送・改装作業等を、二人の労力で迎え撃ってきたのもこの自社倉庫のゆえなのだ。25年が経ち、パンパンになって身動きもとれなくなった。担当社員が体調を崩したことも重なって、自社管理の限界を感じた。保管・改装・出荷のすべてを委託することにした。09年中の作業完了をめざしたため、10月、11月は社員総出で蔵の整理にあたった。家庭の引っ越しとは訳がちがう。1200点の本のいちいちをながめて、これは何冊業者に預けるかを決めるのである。売れないものを預けたら保管料がかさむからだ。次には、改装するためのカバーの整理、これがことのほか面倒で手間取った。本に挟んである短冊(スリップ、ボーズ)も細かく根気の要る数日だった。とにかく無事終了です。今までのように、昼に受注して夕方発送、というように迅速に対応できるかが心配。ご理解ください。