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特集●10年目の〈3・11〉─何をどのように選びとるか 津波被災地域における水田農業

八木洋憲

2011年3月の東日本大震災から10年が経過する中で、いち早く復興した地域と、津波被害以前の停滞がより深刻化した地域とが見られる。たとえば、復旧圃場整備を契機とした水田経営の組織化や、イチゴの高設栽培の団地化が進められ、そうした組織化の動きにおいては、専業農家層が地域内のリーダーとして地域内の意向を取りまとめているという報告もみられる。一方で、震災以前から経営規模や労働力の面で課題を抱えていた地域では、農業経営の確立が急務となっている。津波のような大規模災害の影響は、農地や固定資産、人的資源、意欲などの経営資源へのダメージだけでなく、その後の復興事業によっても生じる。これらの影響により、被災以前の地域的条件とは不連続な関係となるため、復興中の実態をもとに今後の方針を定めていく必要がある。とくに、被災にともなう離農と復興事業による圃場整備の下で、水田経営の大規模化と農地集積が進んでおり、それらの経営の展望(組織、規模、作付等)を示すことが求められる。

仙台市にほど近いS町では、震災後に水田の原状復帰が行われた後、全域で大区画化工事および換地が行なわれ、2016年度には、整備済水田121ヘクタールで耕作が行われ、6つの経営体がそれぞれ規模拡大をしている。とくに、2015年度以降、大区画整備と換地が実現する中で、これまでの方式を踏まえた、より効率的な水田営農のあり方について議論が行なわれている。同町内には、3ヘクタール以上の水田経営が6経営(5農家、1法人)あり、ひとめぼれを中心とした水稲作の他に、大豆作が行なわれている。経営耕地は、町内5つの地区に分散しているが、これら6経営で、102ヘクタール(水稲作付九七ヘクタール)に達し、町内の8割強の農地が集積されている。

こうした実態をふまえて、地域全体の所得を最大化するような水田利用を検討した。具体的には、同地域内における大規模な水田経営がある地区をそれぞれの経営の拠点として、町内七地区の水田を集積するモデル(数理計画モデル)を構築した。モデルを解いた結果、現状で1000万円弱の水稲所得(地区合計)は、2.5倍の2500万円程度に増加しうることが見込まれた。この差は、作付面積の増加による部分もあるが、それ以上に農機具の稼働率の改善によるものである。機械(コンバインや田植機)一式当たりの作業面積は、現状14ヘクタール程度であるが、40ヘクタール程度まで拡大可能である。また、農機具などの固定費は、現状では面積当たり1.7万円/10アールであるが、0.6万円/10アールに抑えられると見込まれる。

同じ条件で、狭小区画も含めて全ての圃場で作付を行う場合、より多くの農機具が必要となり、水稲所得は一割弱少なくなる。また、大区画化された圃場において、現況の機械台数を保持したまま耕作を行う場合には、機械の稼働率を高められないため、水稲所得は1600万円程度にとどまるという計算結果となった。

以上をもとに、地域の水田農業に対する農業経営者の意向を把握するため2017年3月に地区内の全ての3ヘクタール以上水田経営へのアンケート調査を行った結果、現状以上の農機具等の共同利用や法人組織化を進める意向はみられない一方で、経営耕地の交換については、大規模層で賛同意見が多かった。また、地域農業振興の方針については、施設野菜や露地野菜による振興という意見があったが、水稲作以外への展望を持つ経営者は多くないことが示された。

多くの農地が被災し、機械が流失するなどして離農が進んだS町では、復興プロセスにおいて、少数の水田経営が規模拡大を進めている。しかしながら、現在の保有機械のまま農地集積を進めても、大区画圃場の条件下においては、機械が過剰となる可能性が高い。また、今後の地域農業振興に対する考えにおいて、経営耕地の交換については理解を示す経営者が多い一方で、経営の再編や、水田以外への転換を意識する経営者は多くない。このことは、予期せぬ大規模災害および復興事業を経て、急速な規模拡大と農地集積が進んだものの、経営再編や事業転換を行うための時間的余裕や経営資源は十分に確保できないことを示唆する。したがって、被災地域において、農地集積とともに、より付加価値を獲得できるような事業展開を進める方向で、人材育成や経営体育成を進める必要がある。

[やぎ ひろのり/東京大学大学院農学生命科学研究科准教授]