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  • PR誌『評論』217号:『航空の二〇世紀─航空熱・世界大戦・冷戦』刊行にあたって

『航空の二〇世紀─航空熱・世界大戦・冷戦』刊行にあたって

高田馨里

 二〇二〇年三月に刊行にこぎつけた『航空の二〇世紀』は、航空技術のもたらす社会・文化的影響について取り組んだ共同研究である。飛行機・航空機は、単に軍事的・政治的目的のために用いられる道具ではなく、人々の想像力を刺激する一種の大衆文化を創り出す夢の機械でもあった。
 大衆的な航空文化と「航空熱」の広がりについて取り組んだのが、本書の第一部「「航空熱」の時代」である。第一章「航空熱と世界記録更新─技術革新の時期・主体・方向性─」(小野塚知二)は航空黎明期から説き起こし、二〇世紀の夢を実現する「航空熱」の基盤形成過程を、記録更新の時期や担い手を中心に考察している。第二章「大正期の飛行熱」(鈴木淳)は、新聞報道を分析し、航空で命を落とした殉難者家族への義援金活動によって高まった日本における「航空熱」の特質や一九三〇年代に進んだ女性排除の背景としての航空分野の軍事化・ジェンダー化(男性化)の過程を分析する。第三章「海軍航空機生産構想と実現の方法─航空機廠構想から呉海軍工廠広支廠航空機部の設立までを対象として─」(千田武志)は、呉海軍工廠広支廠航空機部が民間企業を含む航空機生産体制構想の中核として設立された過程を明らかにしている。第四章「航空機開発と大西洋横断飛行─ユンカースの挑戦と『航空熱』─」(永岑三千輝)は、いち早く全金属製航空機の開発に成功したフーゴー・ユンカースの抱いた、平和的世界の実現の手段としての航空構想に焦点を当てる。
 第二部「世界大戦の時代」は、戦間期から世界大戦期を対象としている。第五章「日独航空連絡の展開 一九一九─一九四五年─民間の航空熱から軍事航空へ─」(田嶋信雄)は、世界的な「航空熱」の広がりを背景に、日本に飛来したドイツ人女性飛行士マルガ・フォン・エッツドルフの用いた飛行ルートの重要性に着目し、日独両国による連絡航空路開設努力を詳述する。第六章「戦前戦中期における軍と大学─東京帝国大学航空研究所と航空学科の事例─」(水沢光)は、大学における航空研究と航空機産業・軍との関係を、日米比較によって明らかにする。第七章「太平洋戦争における日本航空戦力の配備・補給」(西尾隆志)は、日米航空戦力の優劣が戦地に配備される航空機の非戦闘損失にあった点に着目し、生産力と戦力の配備・補給過程の諸問題を明らかにする。第八章「ライセンス生産の失敗─三式戦闘機「飛燕」のエンジン・トラブルをめぐって─」(西牟田祐二)は、非戦闘損失を大量に出した三式戦闘機「飛燕」に搭載された、ダイムラー・ベンツからライセンスを受けて国産化した液冷エンジンの不具合の原因を分析する。 
 第三部「冷戦の時代」は、米ソ冷戦に影響を受けた占領下日本、脱植民地化したインドとパキスタン、そして一九六〇年代のジェット時代の到来によるアメリカ航空産業を扱う。第九章「日本の翼の消滅から復活へ─米ソ冷戦とアメリカの対日本民間航空政策の再検討─」(高田馨里)は、米ソ冷戦に影響を受けた日本の民間航空復活までの経緯を素描する。第一〇章「冷戦期インドにおけるナショナル・エアパワーの形成」(横井勝彦)は、独立後インドの軍民航空力と産業・研究機関の総体としての「ナショナル・エアパワー」構築に向けた動きを、インド冷戦外交と武器移転の送り手の変容──イギリスからソ連へ──と関連させながら描き出す。第一一章「パキスタン民間航空とアメリカの対パキスタン援助─一九五〇~一九六一年─」(ワカー・ザイディ)は、アメリカの海外戦略基地確保政策におけるパキスタンの軍事基地の意義が確認され、アメリカがパキスタンの空港整備や民間航空の育成に果たした役割を分析する。第一二章「ジェット時代のフェミニズム─エミリオ・プッチ、メアリー・ウェルズと一九六〇年代のブラニフ航空のスチュワーデス─」(フィル・ティーマイヤー)は、一九六〇年代の社会変革と航空機産業におけるジェンダー秩序のズレを分析する。ここで議論されるのは、ブラニフのマーケティング戦略が航空業界で働く労働者階級の女性解放を意味せず、男性優位のジェンダー秩序を強化する側面をもっており、その残滓は世界の航空会社のなかに見出すことができる。
 読者諸氏より忌憚なき感想をお聞かせできれば幸いである。
[たかだ かおり/大妻女子大学教授]