ゴーストタウンかスマートシティか

橋谷 弘

現代中国の社会経済を理解するために、都市問題は重要なカギとなる。最近出た中国経済のすぐれた概説書である梶谷懷『中国経済講義』(中公新書、二〇一八年)でも、不動産バブルと農民工(出稼ぎ農民)問題に、それぞれ一章があてられていた。
筆者が蒋芳婧・天津外国語大准教授とともに、李強・清華大教授の編纂された『多元的都市化と中国の発展』を翻訳紹介したのも、中国の研究者による近年の都市問題に対する認識を知る必要性を感じたからである。
中国の都市化について、日本や欧米のジャーナリズムでは、ゴーストタウンやバブルという言葉とともに論じられることが多かった。たしかに、融資平台(融資プラットフォーム)や土地財政(土地使用権払下げによる財源調達)を通じた過剰投資と、それに伴う腐敗の蔓延など、都市開発に関わる問題点は枚挙にいとまがない。しかし、その結果として空洞化したゴーストタウンが乱立しているのではなく、むしろ内実を伴った急速な都市化の進展が、新たな都市問題を生み出しているという側面が強い。
李強氏らが強調する、「土地の都市化」が「人の都市化」に先行する傾向、つまり政府主導の上からの都市建設というハード面の進展に比べて、新たな市民意識の形成や都市ガバナンスの確立などソフト面の拡充が遅れているという現象が、深刻な社会問題を生み出している。このような現代中国の抱える課題に関連して、本書に示された多元的都市化の七類型に即して実態を把握すれば、複雑な都市問題を理解するための一助となりうるだろう。
さらに、本書の指摘する政府主導の都市化の最たるものとして、中国版の出版後に習近平政権が河北省の雄安新区計画を発表した。この計画には、自動車の自動運転走行など、一昔前ならば夢のような内容が盛り込まれ、国外からはバブルにすぎないという評価も目立つ。たしかに、この新都市計画がどのような帰結をもたらすか、予断を許さない面がある。しかし、これからの中国の都市化、あるいは東アジアの都市化を展望すれば、雄安を単なるバブルとして片付けられない新たな潮流が生まれていることがわかる。
二〇一八年一〇月の安倍首相訪中に際して、第三国における日中経済協力案件の一つとして、タイのチョンブリにおけるスマートシティ建設への援助が合意された。これに先立つ四月のASEAN首脳会合では、このチョンブリを含む二六都市のASEANスマートシティネットワーク(ASCN)構想が発表された。スマートシティとは、IoTなどの先端技術を用いて都市インフラを効率的に管理運営し、環境に配慮した持続可能な都市をめざす構想である。計画の出所は別だが、前述の雄安新区も「緑色智慧新城」の建設をうたっており、世界に広がるスマートシティ構想と重なり合う側面を持つ。
このような政府や企業主導の大規模な新都市開発を、農村から都市への自然発生的な人口移動による従来の都市化の歴史に照らし合わせると、違和感を覚えるかもしれない。しかし、最近の日本企業の動向をみても、二〇一八年九月には三菱商事がシンガポールの都市開発コンサルティング企業スルバナ・ジュロンと共同で、新興国の都市開発を手掛ける新会社の設立を発表した。ミャンマーでは、住友商事・丸紅・三菱商事などが出資するティラワ経済特区が、単なる工業団地のイメージを超えて、立川市や伊丹市に匹敵する面積の土地に住宅や商業施設、学校、診療所などを含む新都市を出現させつつある。政府主導か民間主導かにかかわらず、人工的な大規模都市建設の動きは、さまざまな問題点も伴いながら世界各地に広がっている。
こうした近年の動向をみると、『多元的都市化と中国の発展』の論点には、「中国の特色ある都市化」が示されているだけでなく、現在進行中の東アジア新興国の都市開発にも共通する多くの問題が含まれている。もちろん本書にも、中国の学術書特有の抽象的な議論や生硬な分析が一部含まれるが、全体としては第一線の都市社会学者による実地調査の成果が豊富に盛り込まれている。これを丁寧に読み解いていけば、現在の、そして将来のアジアの都市問題を考えるうえで、さまざまなヒントを得ることができるだろう。
[はしや ひろし/東京経済大学名誉教授]