神保町の窓から(抄)

▼4月14日の夜、熊本地方で大地震が起きた。続いて大分地方でも惨事が続いた。この揺れは旬日を過ぎても収まる気配はなく、その数は千回近くに達した。阪神淡路、東日本に続く地神の怒りは火山の噴火や水害を含めて、わが国全土を覆うかに思える。原発の再稼働を重ねるとこの先が心細い。
 3・11のあと、『善光寺大地震を生き抜く』と題した、弘化四年(1847)に起きた信濃大地震の被災民日記を現代語訳で出版した。この記録には、ものが壊れたり家が崩れたり、火事場泥棒が跋扈したりすること以上に、連夜の揺れに苦しめられ、眠れないことが何よりも大変だったことが証言されている。この揺れは地震発生から7年も続いたとある。いま熊本、大分地方の人びともまた、この間断なき揺れに悩まされているのだと思う。遠く離れて「ドラえもん募金」くらいしか協力できない月給取りだが、あの地に住む子どもたちやわが社の拵えた本の愛読者、あそこに踏みとどまる多くの著者の方々に、心からのお見舞いと援歌を伝えたいと思う。
▼地震が起きて1週間ほど経った晩、私は行きつけの蕎麦屋で球磨焼酎を飲んでいた。テレビは「熊本地方の余震まだ続く」とのテロップを出しつづけていた。二人の学生が天ぷらそばを食いにきた。ほかに客はいない。テレビニュースは均等に聞こえていた。そのうち、連中の会話から、この二人はほどなく熊本にボランティアに行くつもりらしいことが耳に入ってきた。私は思わず「ご苦労だネェ」と声を掛けてしまった。二人はエライ。九州から出てきたのではなく、埼玉や新潟の出だという。田舎が心配だとか、リンゴ村に残してきたあの娘のことが気がかりなのではないらしい。縁もないところに勤労奉仕とは見上げたもんだ。私はその決意に感動し、聞かなくてもいいことを聞いてしまった。「どうしてその気になりましたか」。「ボクたちのクラスでは何人も行くんですよ。東日本のときは中学生だったので親が許してくれなかった。今はバイトで稼いだ金もあるので、体験しておきたいのです」。澄んだ目で誇らしげに云う。悪くはない、が、私はそれ以上褒めるのをやめた。青年たちの善意の決定にケチをつけるつもりはないが、みんなが行くのでオレも行ってみよう、という気の抜けた雰囲気を感じたからだ。ふだん、「上を見るな、横を見ろ、そこにしか連帯は生まれない」などと小言を言っている私だが何か物足りなさを感じたのだ。みんなが行くから私もデモに行く、みんなが行くからオレも正月の参賀に行く、みんながするからワタシも……。こんなの人を感動させるか。被災地のボランティアは労苦を伴うリッパなことだ。同じように労苦を伴う行為でも戦争や無法について「みんながするから」と横並びにならないことを願っている。お気をつけて行ってらっしゃい。
▼4月末で45回目の決算に立ち向かうことになりました。だれもどこかの会社が何年目だなんて思って暮らしているとは思いませんが、ここにいて飯を食い、女房をもらったり、子を産んだり、学校に上げたりしてきた当事者としては、知らずのうちに遠くへきたもんだというある種の達成感と、まだこれかよという燃焼不足感とを持っています。20年や30年の勤続も何人かいますし、最長では40年近くもいてくれた人もいます。見限っていってしまった人もいましたが、通過していった人は75人にもなります。鉄道資料や経済復興期の資料集、『東京経済雑誌』や『銀行通信録』の長大な資料集を造ったときにはこの社での最高決算をしたこともありました。怖くなって「読者の顔が見える本を作ろう」とか言って単行本一本に絞って、驚くほどの苦境にたたされたこともありましたが、とにかく今も立っている。新しい人も入社してきた。外からではなく、内部からこの社を見ることになって、仰天しているかもしれない。でも、「こんな会社に入っちゃって」と歎いてほしくない。大会社には、日本をどうするだとか、この社がつぶれるときは日本がつぶれるときだ、という虚妄がある。山一証券がつぶれてどうにかなったか。武富士がつぶれて不幸になったか。だけど、貧しい会社にはいつも朧ろな未来がある。過去に誇るものが少なければそれだけ新しい線路が敷けるのだ。それだけは自慢していい。新入社員はそれぞれの会社に入り数ヵ月。あてのはずれた人もいるでしょうし、そんな友だちの話も聞いているでしょう。考えどころです。転職することに躊躇しない現代ですが、替わってばかりでは、いつもそこでの一年生だ。転職は勇気と冒険だというが、替わらずに忍耐と蓄積というのも意味のあることだと気づいてほしい。細くつづいただけだと僻んでいるわけではありません。持続は力といって励ましてくれる零細出版社の古老もいます。硬派で野太くなる可能性は残っています。大きなことを考えて、実のある小さなことを着実にやりとげよう。そのための変革も惜しみなくやっていくつもりはある。私どもはいつも、新しい知恵と力を求めて頑張ります。朗らかなご支援をお願いします。 (吟)