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  • PR誌『評論』203号:世界経済危機の背景を探る  ──編著『世界経済危機とその後の世界』刊行にあたって

世界経済危機の背景を探る  ──編著『世界経済危機とその後の世界』刊行にあたって

柴田 德太郎

2016年に入って世界同時株安が進行し、世界経済の不安定性は再び高まりつつある。この世界同時株安は、先進諸国の異次元緩和政策が新たなるグローバル流動性の拡大をもたらし、その結果生み出されたバブルが崩壊したことを意味する。世界経済危機対策が次なるバブルを生み出し、新しい形の世界経済危機が醸成されていると言えるだろう。
異次元緩和政策がアメリカで実施され始めた頃、2007~8年世界経済危機の背景となった資本主義の在り方が現在も基本的には変わっていないという問題意識の下、危機の背景、危機の発生メカニズム、危機後の世界について様々な角度から解明するという共同研究の企画が立てられた。企業経営の在り方、労使関係の変容、金融革新の進行、国際通貨体制の変容とその評価、など様々な問題が研究会で報告され論じられた。その研究成果の一部が本書である。
本書の構成と内容を紹介しておこう。序章(柴田德太郎稿)では、世界経済・金融危機の背景には「株主資本主義の台頭」があることを論じている。「高株価経営」は「雇用不安」の長期化を生み出し、「金融緩和政策の長期化」を導く。この「金融緩和」が「規制緩和」と結びつくと金融バブルが醸成される。こうした傾向は危機後の世界にも存在している。
第一章(柴田德太郎・岩田佳久稿)では、「住宅金融の証券化」の仕組みを「信用創造」という観点から論じている。「住宅抵当債権の証券化」は、支払準備金や自己資本を充分に積まないまま信用創造が行われる仕組みであった。だが、金融危機が発生すると銀行は準備金不足、自己資本不足に直面し、「最後の貸し手」の信用創造と公的資本注入に依存することになる。 
第二章(中川淳平稿)では、経済・金融危機の背景にある「高株価経営」について論じている。取締役会が経営陣を厳しくチェックするガバナンス構造はうまく機能せず、エージェンシー理論が推奨したストックオプション制度の採用は経営者たちに高株価経営のインセンティブを与えた。そして、経営コンサルタントは経営者たちを短期的な利益を追求する企業行動に仕向けたのである。
第三章(横川太郎稿)では、金融危機の背景をファンド資本主義化の視角から論じている。短期利益を追求するファンドマネージャーの行動様式が金融危機を生み出す要因であり、商業銀行や投資銀行もファンドマネージャー化したことが問題だったのである。
第四章(石塚史樹稿)では、世界金融危機後のドイツ銀行業界が直面する諸問題を論じている。ドイツの銀行のグローバルな事業展開を図った危険なビジネスモデルは破綻した。そして、付加価値の高い新規事業の創出と事業構造の革新に失敗している。ドイツの銀行は不動産バブルに便乗するなど再び危険なビジネスに走り、次の危機を発生させる恐れを否定できない。
第五章(岩田佳久稿)では、金融バブルとその崩壊をめぐるBIS viewとFed viewの対立を論じている。ボリオらのBIS viewは、実物資産には制約されずに預金設定によって行われる信用創造の意義を正しく強調した。預金設定あるいは資産価格上昇と結び付けられる古典的な信用創造の仕組みが、金融業務の細分化によって媒介関係が複雑化した現代の金融経済においてどのように貫徹しているのか、具体的に検討することが重要である。
世界経済・金融危機の背景には、現代資本主義の特質が存在することが明らかとなった。その特質は「株主資本主義」「ファンド資本主義」「金融化」といった言葉で表現できる。「株主資本主義」に基づく「高株価経営」は格差の拡大と景気回復期の「雇用不安」を生み出し、金融緩和政策の長期化をもたらす。この「金融緩和」が「規制緩和」「金融化」と結びつくことによって住宅金融バブルが生まれ、バブルの崩壊が世界経済・金融危機を導くことになった。
こうした現代資本主義の特質は、危機後の世界でも基本的に変わっていない。景気回復期の「雇用不安」と「金融緩和の長期化」という特徴はより強化されたと言える。「異次元緩和」は国際流動性の拡大を生み、新しい形の金融不安定性を醸成しつつある。本書がこうした問題の解明のための一歩となることを、執筆者と共に祈念する。
[しばた とくたろう/東京大学]