神保町の窓から(抄)

▼「もはや戦後ではない」という言葉が流行ったのは、60年も前のことだったが、われらは依然として「戦後」から脱していない。あの侵略戦争が敗北に終わり、加害者の日本は多くの負の資産を得た。その債務の決済は未だ清算されていない。特に歴史認識においてそれが顕著だ。安倍首相およびその政権は、侵略の被害を受けた国々に対して、謝罪どころか、近代史における必然性、正当性を匂わせたりするから、なおさら破廉恥な本性が晒けでる。われわれにとって、中国や韓国・北朝鮮、そして広く世界が注目する世界史認識の問題は、ひとり安倍政権の問題で済むのだろうか。代議士は、国民の正当な意志によって選ばれた国民の代表ということになっている。その代表たる一人が安倍なのだ。手続きに遺漏はない。現在の選挙制度は本当に国民の代表を選ぶシステムになっていない、とまぜっ返しても始まらない。代表を選ぶ手だてに不満はあっても不正はない。とすると、集団的自衛権の発動も諸法の改悪も、われわれのある意志の反映ではないのか。バカなことを言うな、ともう怒り始めた人もいるかも知れない。だが、待て待て。われわれは、安倍首相に対して村山談話や河野談話を継承せよと迫っている。それは国際的には大事なことだ。元首の発言は、われら田作の放言とは意味も重さも異質なものだ。だから元首たる安倍に、世界に恥じない談話を発表するか、さもなければ沈黙を守れと要求しているのだ。……そうは言うが、しかし、と私は続けなければならない。
▼かつて、戦争に敗けたあと、その責任について「天皇が悪い」「君側の奸がいけない」「軍部の独走だ」と口を揃えて指弾したことがあった。そこには「正直者のわれら国民はおかみの言う通りに出兵し、鉄砲を撃ち、腹を空かして銃後を守ったのだ」という言い訳が隠されていた。おっしゃる通りだ。国民はそれほどにも従順で素直で、あの侵略戦争に加担していったのだ。「イヤな戦争を始めやがったナ」と思いつつも「日本は勝つ」と信じて出陣していったことは想像がつく。このことは、アジア諸国の人々にとっては、いくら弁解しても許し難い事実となって残り続けているだろう。アジアの人々は天皇だの軍部だけを糾弾しているわけではない。本命は「日本」「日本人」なのだ。
 問題になっている「歴史認識」についても、われわれが今よりさらに包囲を固め、安倍首相に気に入るようなことを発言させたからといって、それで世界が収まるだろうか。「われわれの言葉」によって侵略を反省しない限り、アジアとの相互理解など遠いことだ。彼らが相手にしているのは安倍ではない。「日本」と「日本人」なのだ。安倍政権というとき、そこにはわれわれも勘定に入れられていることを忘れてはいけない。戦後七〇年、日本は占領者アメリカに寛容であった。すぐに寄り添ってしまったではないか。天皇や軍部にも甘かった。天皇家は愛し合う家族の象徴となり、自衛隊も頑強になった。が、だからと言って、投げやりになることはない。戦争放棄の憲法はまだある。この憲法が健在の間に「やつらを変える」まえに「俺たちが変わって」俺たちの言葉で発言しよう。一部ではない、多くの「われわれの言葉」をアジアは待っているのだと思う。言葉でも認識でも、侵略に加担するのはこれきりにしよう。いま、反動攻勢に対する拒否の意思表示をしなければ、政権の共犯者だったと云われても仕方ない。後世に嘲われない今を生き急ごう。
▼43回目の決算を終えた。右肩下がりがもう何年続いているだろうか。そんなことには驚きはしないのだが、わが社の顧問は「普通の会社なら潰れてる」と表現する。これが顧問の言うことか、と悔しい思いをしながら何回聞いたことだろう。ただ確かに言えることは、われわれは今年も生きた、生きつづけたということだ。いい本を拵えたか、売れる本を作ったか、社員に不幸せはなかったか。それらの問いに胸を張って答えることはできない。特別にほめられることもしなかったが、悪事も働かずにきた。だから、この神保町を今日も歩けるし、夜には呑める。
▼小誌『評論』が200号になったのを記念して「戦後70年特集」としました。誰に書いていただくか会議をもちました。楽しいけれど大変でした。「田舎のスーパー」(先生方を含まず)を自認する小社の出版構成は幅広い。経済学、経済史、政治、歴史、鉄道史、協同思想、農業経済、都市・環境、それに1200冊を越える復刻資料でお世話になった人々。数十名の候補がでましたが、本号掲載の14名に落着しました。頁数に限りがありましたのでお許しください。「オレが居ないのはどうしてだ」などと叱らないでください。超高齢のお一人を除いては、筆が若々しい方に登場していただいたつもりです。300号の発行はいつになるでしょう。そのとき皆様、お元気でしょうか。そして小社も健康で冗談を言っているでしょうか。ご寄稿下さった先生方、ありがとうございました。 (吟)