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戦争と災害──いま、目の前にある危機

塩崎 賢明

安倍内閣が安保法制の制定を急いでいる。本稿が印刷物になるころには、すでに、国会を通過しているかもしれない。
「国際平和支援法」などというまやかしのネーミングを用い、詭弁・すり替え、はぐらかしの限りを尽くし、戦争へののめり込みを可能とする法案であることは疑いの余地がない。
先日開かれた衆議院憲法審査会では、長谷部恭男(早稲田大学教授)、小林節(慶應義塾大学名誉教授)、笹田栄司(早稲田大学教授)の三氏が、この法案が憲法九条に違反するものであることを明確に指摘した。与党側が推薦した参考人も含めて、三人が全員、政権がいかに「集団的自衛権」や「後方支援」に特殊な解釈をほどこしたとしても、この法案がまぎれもなく戦争法案であることを明言したのである。
安倍政権のこの狂奔ぶりは、今日の日本社会における何らの現実的な必要性に対応したものではなく、憲法「改正」や戦争実行国家への「変革」を成し遂げたいという自らの信念、その実現による自己満足の達成以外の何物でもない。もちろんその背景には、世界の警察を演じられなくなっているアメリカがその役割の相当部分を日本に肩代わりさせたいという意向が働いている。しかし、中東での地域紛争やテロ、中国の海洋進出などの国際情勢があるとしても、日本が戦争に乗り出していくことを望む国民はいない。いったん武力衝突になれば、暴力の連鎖から引き返すことはできなくなる。これこそ「日本の存立が脅かされる事態」であり、安倍政権はそこに突き進もうとしているのである。
ホルムズ海峡やマラッカ海峡など中東からの石油輸送ルートが脅かされることは、ひとつの危機ではあるにしても、日本存立の危機などではない。それを理由に戦争に突入していくことは、かつての「滿蒙は大日本帝国の生命線」という議論と同じである。国家・国民にとっての現実的な危機は別に存在する。
狭い国土に五四基もの原発が存在し、いずれも地震や火山噴火の危険性を抱えている。現在停止している原発の再稼働などは、まさに日本国の存立を脅かす愚行でしかない。世界最高水準の安全性といった議論があるが、まったく無意味である。原発事故の危険性には、単に技術的な問題だけでなく、日本という特殊な国土条件を考慮に入れなければならない。国土面積10万平方キロあたりの原発基数と大地震(過去100年間の死者1000人以上の地震発生回数)を掛け合わせた指数をみると、パキスタン0.09、インド0.08、中国0.02に対して、日本は実に38.09となる。アメリカ、フランスなどは大地震がないためゼロである。ほとんどの国は原発か大地震か、どちらかがゼロなのである。つまり、原発も地震も破格に多い国は日本だけであり、ここに、国家存立の危機が存在している。仮に日本の原発を一基にしたとしても、この指数は0.69となり、ダントツに世界一危険なのである。安倍政権は、この原発事故の危機と戦争の危機をさらに高めようとしている。
首都直下地震や南海トラフ地震も確実に迫っている危機である。巨大地震の発生確率は30年以内に60%以上といわれ、明日起きてもおかしくない状況にある。南海トラフ地震では、最悪の場合32万人の死者、220兆円の経済被害が出るとされている。
私たちは、いま東日本大震災からの復興、原発災害への対応に直面している。3・11から四年を経て、なお20万人以上が避難状態にある。原発災害については、被害の回復、生活の再建はおろか、事故の真相把握や汚染水の制御さえできず、いままさに「国民的危機」状態にあるのである。しかも、すでに26兆円の資金を投入したが、特別増税でまかなわれた復興予算の相当部分が「日本経済の再生」と称して被災地外に流用され、今や六年目以降は被災自治体の費用負担を求める事態になっている。南海トラフの巨大地震に対して、いったいどれだけの費用を投じ、どのように復興するつもりなのか。そうした計画は全くなく、復興の法制度は旧態依然のままである。次年度の国防費は4・9兆円規模である。今後、武力衝突・戦争に巻き込まれるならば、戦費は確実に増大する。そこに巨大災害や原発震災が発生すれば、経済的にもおそらく国家存亡の危機に瀕することは疑いない。日本はまさにその前夜にいるといってもあながち過言ではない。この現実を直視せず、戦争への道を突き進む安倍首相個人の野望に引きずられ、日本を滅ぼすわけにはいかない。
[しおざき よしみつ/立命館大学教授]