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  • PR誌『評論』199号:国際平和協力史の構築  ──『自衛隊海外派遣と日本外交──冷戦後における人的貢献の模索』を上梓して

国際平和協力史の構築  ──『自衛隊海外派遣と日本外交──冷戦後における人的貢献の模索』を上梓して

庄司 貴由

日本国憲法第九条を掲げ、参議院で「自衛隊の海外出動を為さざることに関する決議」を可決した戦後日本は、米ソ冷戦終結直前の1988年以降、自衛隊海外派遣を見据えた文民派遣と法的整備に歩み出す。これまで、陸上派遣に限定してみても、実に1万5000人を超える文民と自衛隊を海外に派遣してきた。外務省内では、戦後も折に触れて自衛隊、文民派遣は研究会等を通じて検討されてきたが、あくまで省内にとどまるものであった。およそ半世紀以上の時を経て、自衛隊海外派遣がこれほどまで定着、拡大するとは、いったい誰が想像し得たであろうか。
これまでにも自衛隊の国際協力を扱ったものは枚挙に暇が無いのだが、そのほとんどが政党政治のダイナミズムに着目し、豊富に二次資料が存在する湾岸危機や国際平和協力法などの事例、もしくは日本の活動実績を素描したものだった。しかし一方で、そうした状況に根源から影響を及ぼし続けてきた外務省が、いかなる派遣構想や情勢認識を有し、それらをめぐる他の行為主体とどのような関係だったかは十分に解明されていない。
本書は、内閣府国際平和協力本部事務局、外務省、防衛省、警察庁などの未公刊文書や政府関係者へのインタビューに基づき、情報収集、派遣構想、調査団参加の全局面に唯一携わった外務省に中心視角を据え、他の行為主体との合従連衡も含め動態的に論じたものである。
時期を問わず、米国や中国など大国や隣国との関係をめぐる日本外交については、史料開拓を通じて数々の研究業績が蓄積されてきたことは今さら論をまたない。けれども、自衛隊海外派遣、そして人的貢献をめぐる問題は、戦後の重要問題として表出してきたにもかかわらず、そうした史料の蓄積はなかなか進展を見なかった。こうした背景として、自衛隊海外派遣が防衛問題に属すため、外交文書が非公開になっていた点がつとに指摘されてきた。今後、特定秘密保護法の影響も免れないだろうが、情報公開法の施行によって、部分的ながらも開示の道が開かれてきたという事実も見逃されるべきではない。
過渡期にあるのは公文書をめぐる法制度だけではない。奇しくも、本書の加筆・修正を施していた時期に、安倍晋三首相の私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)が開催され、国連平和維持活動(PKO)などでの「駆け付け警護」、「妨害排除のための武器使用」が提唱された。また、本書刊行後の現在においても、いわゆる「恒久法」の議論が本格化されるなど、日本は大きな岐路にある。けれども、研究史を繙くなら、自衛隊の活動内容など「帰結」の部分から導かれた望ましい政策が多く議論されても、それが本来依拠するはずの「過程」の実証は意外にも忘却されがちであった。つまり、われわれは、後者が不十分な前者を蓄積しながら自衛隊海外派遣を重ねてきたのではないか。チャールズ・リンドブロム(Charles E. Lindblom)らが喝破した「不可能なほどに迅速な結果を期待している」状況がなかったとはいえないだろう。
もとより、自衛隊海外派遣、そして人的貢献の在り方が、その国の国家像や理念と不可分である以上、政府関係者や一部の有識者だけでなく、彼らと意見が異なる人々も含めた広範な視点で議論が蓄積される必要がある。そこにまず求められるのは、おそらく共通言語としてのこれまでの「過程」に他ならない。派遣される主体、地域、任務が拡大を遂げていく状況を捉えつつ、外務省の考え方と行動、それらを取り巻く他の行為主体との政治を描き出すことで、より複眼的で、建設的な国民的議論の形成にわずかながらでも寄与できればと願っている。
[しょうじ たかゆき/二松學舎大学助手]