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日本メーカー再活性化の鍵を握るマーケティング力

伊東 維年

先般、日本経済評論社から共編著『グローバルプレッシャー下の日本の産業集積』を上梓した。また、今回、当社の『評論』に執筆する機会を与えていただいた。これらの御配慮に衷心より御礼を申し上げたい。著書の編著者の一人として、著書を作成する過程で思考しつつも、著書の中で著しえなかった個人的な思いを、ここで述べさせていただきたい。 熊本市に住む筆者は、日本経済の中心地である東京都市圏から遠く離れた周辺地域、いわゆる地方における地域産業の振興、とりわけ製造業の振興の在り方について調査・研究を行ってきた。地方における製造業の振興のための一つの方法が企業(工場)の誘致であることから、必然的に日本の製造業や主要メーカーの動向に注視してきた。 ところで「バブル経済」の崩壊以降、日本経済の成長を牽引してきた製造業・メーカーは失速し、日本経済は「失われた20年」を過ごしてきた。かつて日本メーカーが世界の売上高シェアの50%余りを占めていた半導体産業や、日本メーカーの得意分野であった家電産業は凋落の一途を辿ってきた。また、現在、急成長を遂げているスマートフォンやタブレットの市場では韓国・米国メーカーが圧倒的なシェアを誇り、日本メーカーのプレゼンスは無いに等しい。 日本の製造業・メーカーがガラパゴス化し、世界市場から取り残されるようになったのはなぜであろうか。筆者の考えによると、日本の製造業・メーカーの競争力喪失の原因は、マーケティングが機能していないことにある。換言すれば、コトラー(Philip Kotler)が2004年の著作Ten Deadly Marketing Sins: Signs and Solutions(恩藏直人監修、大川修二訳『マーケティング10の大罪』東洋経済新報社、2005年)の中で取り上げた「マーケティングの10の大罪」を犯し続けていることにある。 「近代マーケティングの父」と称されるコトラーは、2003年の著作Marketing Insights from A to Z: 80 Concepts Every Manager Needs to Know(恩藏直人監訳、大川修二訳『コトラーのマーケティング・コンセプト』東洋経済新報社、2003年)において「マーケティングとは、充足されていないニーズや欲求を突きとめ、その重要性と潜在的な収益性を明確化・評価し、組織が最も貢献できる標的市場を選択したうえで、当該市場に最適な製品、サービス、プログラムを決定し、組織の全成員に顧客志向、顧客奉仕の姿勢を求めるビジネス上の機能である」(邦訳五ページ)と定義している。サムスン電子は「マーケティングに社運をかけている」(湯之上隆)と称されるが、コトラーの言うマーケティングが日本のメーカーにおいて機能しているとは到底考えられない。そもそも日本のメーカーにはマーケティングの担当部署を設けていないところが多く、設けていてもせいぜいセールスに関わる機能を果たしているに過ぎない。 マーケティングが機能していない日本のメーカーに「マーケティングの10の大罪」を当て嵌めるのも奇妙な表現であるが、日本のメーカーではマーケティングが機能していないが故に「マーケティングの10の大罪」を犯し続けているのである。その大罪は、「①市場の定義が不明確で顧客主導になっていない ②ターゲット顧客を十分理解していない ③競合に対する認識が不足している ④利害関係者との関係を適切に管理できていない ⑤新たな機会を見出せない ⑥マーケティング計画およびその策定プロセスに問題がある ⑦製品やサービスを十分に絞り込めていない ⑧ブランド構築力やコミュニケーション能力が低い ⑨マーケティングを効果的・効率的に推進できる組織になっていない ⑩テクノロジーを活用しきれていない」(邦訳24ページ)という10の罪である。 日本メーカーのリバイタリゼーションのためには、メーカーがグローバル市場を見据えたマーケティング力を身に付けること、そこで働いている全員がマーケターとしての心構えを持つことから再出発する必要がある、というのが筆者の結論である。
[いとう つなとし/熊本学園大学経済学部教授]