速記と日本語

下谷 政弘

生来、文字や言葉に関心が強かった。読むのも書くのも好きだった。大学での研究分野は経済史や経営史で、近年では持株会社についても勉強してきた。そんな私が、今回『経済学用語考』という奇妙な題名の本を書き上げ、経済学と国語学のハイブリッドな内容を論じたのも昔からの「ことば好き」の延長線上にある。
新著のなかでは経済学のいくつかの用語をとりあげ、それらの故事来歴や日本独特の用法についてたどってみた。たとえば、「系列」や「戦略」「談合」などはいつから経済用語になったのか。明治期にはなぜ「経済学」は「理財学」と呼ばれたのか。あるいは、重工業と化学工業はなぜ「重化学工業」の一語に合成されたのか、など。「用語」の誕生や定着状況を調べることはその背景にあった時代の変化について教えてくれる。
ところで、私が言葉や文字にとくに惹かれるようになったのは、高校時代の3年間「速記」に熱中したことによる。速記文字を使ってリアルタイムに人の話を書き取れるのが面白かった。いや、速記文字そのものの不思議さに取り憑かれて3年間を過ごした。
「日本では速記の始まりを一応、象徴的に1882(明治15)年10月28日と決めている。この日、が新型の筆記法の指導を開始した」(兼子次生『速記と情報社会』中公新書、1999年)。かれはアメリカの速記法を参考にして日本語の速記法を創案した。いわゆる「日本傍聴記録法」である。日本語の速記法が生まれたことによって、その二年後には三遊亭圓朝の『怪談牡丹燈籠』が出版されるなど「言文一致運動への機運を促進し」、また帝国議会の開設にも間にあって第一回目から「速記による議事録が残っているのは日本だけ」という役割も果たした(福岡隆『日本速記事始』岩波新書、1978年)。
その後、速記法にもいろいろと流派が生まれた。私が手掛けたのは中根式である。京都帝国大学の貧乏学生であった中根が新たな速記法を公表したのは1914(大正3)年のこと、今年からちょうど百年前になる。かれの中根式速記法は学校に広められ、私も高校時代には県大会や全国大会に出場した。しかし、今や時代は移って「手書き速記の時代」は過ぎようとしている。高校速記大会は今日も若き高校生の参加で続いているものの、規模は小さくなってしまった。
いうまでもなく、速記法は日本語のもつ特性を限界まで追求して成り立っている。そうでなければ、とても人の話を瞬時に書き取ることなどできない。筆記のスピードを上げるためにイロハ四七文字はできるかぎり単線とする。略字・略号の種類も多い。そのなかで、中根式の場合に興味深いのは、いわゆる「インツクチキ」法である。
日本で漢字を音読みした時、末尾の音は長音「─ウ」あるいは撥音「─ン」になるか、「イ・ツ・ク・チ・キ」のいずれかになる(単音漢字および拗音を除く)。同法は、この特性を活かして独自の略記号を設けている。しかも、他の方式と大きく異なるのは、それらの略記号を逆記することによって、たとえば「カン」は「カ+ン」の二音節構成とせず「◯ンカ」という単音節にする。「カイ」は「㋑カ」と表記する、などなど。
煩雑を避けて話を続ければ、私は6年前から福井に住んでいる。新著の「あとがき」の中でも少しふれたが、この越前・若狭の土壌からは国語学や文字学の分野の偉人が輩出されてきた。そこで出会ったのが東條(1786~1843年)である。彼は小浜の真宗大谷派妙玄寺の住職であり、国語学において音韻や活用の研究面で大きな貢献をした。当時、本居宣長は『字音』において韻尾の「ンとムは相通の音」とし、国語には「ム」音はなかったとした。しかし、義門はこの通説に噛みついて、仏典に頻出する「信心」の語に「シンジム」と仮名が振られていることなどから、かつて日本語にも韻尾に「─n」「─m」の区別があったと論じた。「陰陽(オンミョウ)」「三位(サンミ)」などは「陰」「三」の韻尾がかつてm音だったからである。
今日では中国・日本とも韻尾のm音はすべてn音に変化してしまった。しかし、韓国(朝鮮)語には現在もm・n音の区別がきちんと残っている。たとえば、「感謝ハㇺニダ」の「感」は「カn」でなく「カm」である。さきの「信心」はやはり「シnジm」である。とくに韓国語にはパッチム(リエゾン)があるため、韻尾音の違いは決定的に重要となっている。また、さきの義門の主著の題名は『男信(奈万之奈) 』という不思議なものであった。これはかつて上野國利根郡に実際にあった地名で、「男」は「ナm」を、「信」は「シn」を表すために選ばれている。
もう一つの韻尾音にŋがある。中国の漢字にはŋ音が多い。古代これが日本へ伝わった当時、なぜか「イ」や「ウ」と表記された。たとえば、経済の「経」(k─ŋ)の音は「k─イ」「k─ウ」と表記され、「ケイ」「ケウ(キョウ)」となった。ŋ音がなぜ「─イ」や「─ウ」の文字で表記されたのかは不明だが、他にも「競」「生」「丁」「明」「令」など、もとはŋ音であったものが日本で「─イ」「─ウ」の双方に発音される漢字は少なくない。したがって、日本語には結果的に「─イ」や長音「─ウ」の音が多くなり、とくに長音の数の多いことが、テンポ良く響く中国語や韓国語に較べて悠長に聞こえる理由ともなっている。さらに、漢字には韻尾がp・t・kとなるもの(入声音)がある。たとえば、「甲」はもとのkapが「かふ→こう」と変化しやはり長音となっている。また、t・kについては、日本語の発音上では開音節化され「チ・ツ」あるいは「キ・ク」とならざるをえなかった。
こうして日本語には長音や「イ・ン・ツ・ク・チ・キ」音が多くなった。高校時代にはただ速記文字の魔力に魅せられていただけだが、国語学を少しかじってみると速記法が日本語の特性を最大限に取り入れていることがよくわかる。
以上のようなことどもは、もちろん本業の「経済学」とはまったく無縁のことではある。しかし、最近、年をとるとこちらの方面の勉強が面白くなっている。 
[しもたに まさひろ/福井県立大学学長]