神保町の窓から(抄)

▼専修大学におられた歴史学の青木美智男さんが7月11日、旅先で没した。1961年の夏、明治大学の木村礎さんの率いる佐倉の史料調査合宿で絞られたのが最初だった。最後は68年の神奈川県史関係の小田原合宿でだった。青木さんは明大卒業後、東北大に行かれそのあと、日本福祉大学で図書館長などをしながら、一揆や一茶などの研究に精力的だった。97年に専修大にきてから、職場がすぐそばだったこともあり、30年ぶりにつきあいが復活した。西川正雄さんの遺稿集をつくるのに知恵を貸してくれた。また、3・11を強く意識して善光寺地震の史料を編んだり、畏友高木侃さんの退職記念本を作ったりと、「仕事」もした。週に一度は行きつけのそば屋で呑んだ。そんな折、「木村礎伝」を書けるのは誰かという話題になったとき、「それが出来るのはオレしかいない」と自信たっぷりに豪語した。私はその豪語を信じた。今年の暮れにはできるはずだったが、一枚の原稿も見ないうちに、黙って逝ってしまった。青木さんの業績については、多くの同業者が書いているので遠慮するが、あの少し空気の洩れる声で「お前ナあ、事の本質は人であれ、事柄であれ、裏側に背負っている、歴史という悲しみを知らなければ判るめえ」と一発かまされ、何か言おうとしたら、「バカヤロー」と頭ごなしにどやされたことが、夕べのことのようだ。そんな会話もできないし、怒鳴られる夜もない。そう思うと淋しく、悔しい。
 青木さんの訃報を聞いて3日も経たないところへ、わが社の重役をしてくれていた大日方祥子さんが「倒れた」との知らせが飛び込んできた。大日方さんは、日大経済学部の図書館に永く勤めていて、われわれが取り組んだ大仕事『東京経済雑誌』の「記事総索引」をつくるとき、近郊大学のライブラリアン20人を組織してくれた人。1988年正月、岡田和喜さんに火をつけられて、田口卯吉の生涯の仕事であった雑誌全巻の索引作りを出発させた。当時は記事の採録は全て「手」でやらなければならなかった。前途の多難を予感したが、それは文字通りの格闘となった。出来たのは96年、丸8年もかかった。この間、30回以上の会議をもったが、電車賃もださず、お茶代をだしたくらいであった。こんなことって、今ではとても出来ない。この人々の名はわが社のホームページからは永遠に消すことはできない。大日方さんの人柄と馬力があってこその仕事だったろう。大日方さんは、定年後、長野県鬼無里に住みつき、過疎の村の活性化に取り組み始めた。地域にとけ込み、活動の中心になっていたという。芝居を観るにしても、酒を飲むにしても、とにかく元気をくれた人だった。「倒れる」知らせが届いてからたったの2日後、彼女は急ぎ足で旅立ってしまった(7月15日)。青木さんもオビちゃんも、われらの心の中には、美しかった日々とともにずっと生きつづけるだろう。風よしずかに彼の岸へやさしき友を吹き送れ。
▼一文を紹介する。「本書において著者が提起しようとしているのは、原子力の開発が国家社会のあり方にいかなる影響を及ぼしているかという問いかけである。原子力という巨大技術を導入することによって、社会は自由や創造性を失った硬直した管理社会となり、民主主義を標榜する国家すらがその精神を失い全体主義的な傾向をもつ「原子力帝国」に変質せざるをえなくなる。」(訳者山口祐弘のあとがき)
 「市民が原子力をさらに拡大することを許すならば、それは民主主義的な権利や自由が、少しずつ掘りくずされることを認めたことになる。一見論理的で合理的なテクノクラートを前提として成り立つ新しい専制政治を阻止することは、市民が原子力産業に反対する闘争を、たんに健康や環境保全のための闘争としてだけではなく、自由のための闘争として、つまり不信ではなく信頼と連帯にもとづく人間関係を守りぬく闘争として理解することによって、初めて可能なのである。」
 右の一文は、1977年に出版されたロベルト・ユンクの著書『原子力帝国』(DER ATOM_STAAT)に記されている訳者と著者のことばである。36年も前の本だが、原子力が日本に導入された頃には、世界はすでに原子力を大きな問題としてとらえていたことがわかる。ユンクの予見が現実になっていることを実感する。ヒロシマ・ナガサキを体験しながらも、断固として原発を維持しようとしている日本。さらに3・11という原子力事故を体験し、今もその対応に何らの(と言ってもいいだろう)手も打てないでいる。何十年とつづく原子力との戦いに、今からでも遅くはない。この本を読み、われらの武装を整え直さねばならないと思う。この本は日本で二度出版されている。二度目は、1989年に社会思想社でだされ、今は絶版のまま放置されている。なぜ絶版なのか。誰も、どの社も再生させないのなら、ドイツ青少年の必読文献といわれるこの本を、われわれの手で、再刊させてみたいものだ。 (吟)