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  • PR誌『評論』192号:求められる学校から職業への移行過程の改革  ──近刊『若年者の雇用問題を考える』によせて

求められる学校から職業への移行過程の改革  ──近刊『若年者の雇用問題を考える』によせて

樋口 美雄

若者の労働市場に大きな変化が起こっている。
かつては学校卒業後、ほとんどの学生はそのまま企業に就職し、社内研修や教育訓練を受け、配置転換を繰り返しながらも、一つの企業で長期にわたり働き続けるのが当たり前のように考えられていた。だが、経済成長に陰りが見られる中で、激しい国際競争に備え、人件費の高騰や固定費化を避けようと新規採用を大幅に削減する企業が増えた。複雑化・高度化し、グローバル化する経済社会に合わせて、人材を厳選して採用しようとする企業が増えている。他方、多くの学生は、少しでも好条件の企業に就職しようと大企業に集中する結果、就職活動がうまくいかず、学校生活から職業生活への移行過程でつまずく若者が増えている。
社会が変わった以上、それに合わせて学生本人はもとより、学校や企業、そして行政は時代の要請に応じて、種々の仕組みを変えていくべきではないか。こうした問題を検討するため、労働問題を専門にしている経済学や社会学の研究者に加えて、実際に学生たちのキャリア教育や就職活動を支援している専門家の参加を得て研究会を重ねてきた成果を取りまとめたのが本書である。
近年、就職率が低下している直接的原因は、大企業を中心に採用者数が学生数に比べ大きく落ち込んだことにあるが、一方、大学生に対する中小企業の求人は多数存在するにもかかわらず、そうした企業への就職を選択対象と考えない若者が多く、いわゆるミスマッチが拡大している。就職活動がうまくいかなかった学生の中には、あえて留年をして、翌年の就活にかける「就職留年」も増えている。他方、やっと就職先の決まった者でも、それを不本意な就職と考え、早期に離職する者が多い。こうした若者のその後の生活を追ってみると、第二新卒などと、もてはやされる風潮はあるものの、実態は不安定な就労を余儀なくされている者が多い。景気の悪く、失業率の高い時に卒業した世代にとって、そのマイナスの影響はその後も長期間続くことが確認されており、世代間格差としても憂慮すべき事態を招いている。本人にとって職業生活が困難になっているだけではなく、社会的、経済的、財政的にも長期にわたって負の影響が生じることが予想される。
若者の職業意識が形成されていないといっても、従来はそのような新卒者を企業が受け入れ、初歩的な仕事から時間をかけて徐々に高度な仕事をこなせる人材に育てていく人材育成システムが企業には内包されており、それを活用した仕事の推進が個々人の企業への求心力を高めていた。しかしグローバル化やIT化が進展する中、人材を絞って集中投資する傾向が強まり、社内では連続的に人材を育成していくシステムが弱体化した。簡単な仕事は非正規労働者や外部委託に任せ、社員には高度な能力を求めるという仕事の分断化傾向が強まっており、多くの者にとって個々人の能力向上に対する責任が増している。とりわけ、若者は能力蓄積が少ないこともあり、「二極化」に関連して、他の年齢層よりも就業環境の変化に強く影響される。
こうした変化に、どのように対応しなければならないのか。個人の対応には限界もあり、社会として、学校として、そして企業として、行政として、どのような対策が求められるのか。就職の現場で学生たちを支援している人によると、大学では就業意識の形成に授業の一環としてのインターンシップの導入が有効であり、同時に大学での地元企業の説明会、企業情報や新入社員の配属先の仕事の内容、離職率等の情報の見える化が有効であり、就職支援担当者の養成と活用が求められる。企業においては求める人材像をもっと具体的に示していく必要があり、就職した先輩の仕事や生活の実態について個人的に相談に乗れる仕組みの提供が求められ、これによってかなりの程度、早期離職は回避できる。地域としては教育機関・地方自治体による共同での若年者の進路把握の仕組みの構築、行政としては、学校教育課程と仕事の関連を加味した職業教育の具現化とそれら施策の効果の検証可能な仕組みの構築などが求められる。こうした対策と並行して、社会の変化に対応した柔軟な労働市場の構築に向けた改革も必要となっていることが確認される。
[ひぐち よしお/慶應義塾大学商学部教授]