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ガバナンスにもとづくコミュニティ再生の国際比較 ──『分断社会と都市ガバナンス』の刊行によせて

西山 八重子

2011年3月11日に発生した東日本大震災は多くのコミュニティを破壊し、尊い命を奪った。その後提案された数々の復旧・復興計画に共通してみられるのは、地域の歴史や実情を踏まえ、コミュニティのニーズにそった計画を作成すべきというものである。復興過程で生じる社会的孤立や生業を失うなどの復興格差の問題をできる限り小さくするために、地域コミュニティの再生を基盤にした復興計画を作成することは、非常に重要である。
地域コミュニティの再生に必要なのは、住民や地域諸組織が復旧・復興計画の立案だけでなく、計画の実施過程や事業評価などの長い事業遂行プロセスに関わり続けることである。つまり、大震災の復興は、国・県・市町村がもっていたトップダウン型の計画策定や実施・事業評価などの権限を、コミュニティや住民諸組織に委譲する分権化を進めるものでなければならない。
これは、政府セクターだけでなく民間企業などの市場セクター、さらに住民・ボランティアなどの市民セクター、これら三つのセクターが対等な関係で協議、決定していくガバナンスを求めることに他ならない。つまり、多様な参加主体のガバナンスによるコミュニティの再生である。
本書は、1980年代以降、経済のグローバル化によってもたらされた社会的格差や地域衰退の問題に取り組む世界各都市の市民事業組織を取り上げ、ガバナンスという視点から分析・考察したものである。コミュニティ再生に必要なガバナンスの実態を8都市の具体的事例から明らかにし、ガバナンスを可能にする社会的条件を考察している。
都市再生事業とガバナンスに関する国際比較研究プロジェクトを立ち上げたのは、4年前のことである。参加メンバーは、都市社会学や都市計画の視点から、それぞれ欧米やアジア諸都市のまちづくり調査を進めてきた。とりわけ格差拡大や分断化という問題に対して、市民主導の非営利事業組織が立ち上がり、パートナーシップを形成しながら問題解決に取り組んでいる事例に焦点を当てた。
市民事業組織によるコミュニティ再生事業は、環境改善にとどまらず雇用創出や社会住宅、社会サービスの提供を住民のつながりを基盤にしながら実施している。この社会的使命の事業化には、地域「資源の共同化」がキーワードになっていることが、事例研究から判明した。つまり、土地、建物など不動産資源(アセット)の所有や利用を共同化し、人的つながりである社会関係資源を共同化(ネットワーク)することである。そしてこの共同化の仕組みづくりの過程において、多様なセクターの協働関係であるガバナンスが導かれている。
さらに国の社会的、政治的、経済的状況により都市ガバナンスの形態は大きく異なっていた。本書では市民事業サービスがコミュニティを越える公益性をもっているか、コミュニティ内にとどまっているのか、さらに事業組織が広域的な組織と連携して政治的発言を高めているのかを中心にガバナンスを類型化し、「公益志向開放型ガバナンス」「共益志向開放型ガバナンス」「共益志向閉鎖型ガバナンス」の三類型から事例を分析した。
欧米では、都市政策や中間支援組織の広がりなど市民セクターを支える社会的条件が整っているため、公益志向開放型ガバナンスが比較的容易に導かれる。他方、中央集権的国家体制の強いアジアの諸都市では、市民セクターを支える社会制度が不十分であるため、市民事業組織の事業がコミュニティ内循環にとどまり、共益志向閉鎖型ガバナンスに片寄りがちである。
つまり、コミュニティ再生を公益志向開放型ガバナンスによって実現するには、市民セクターを自立に向かわせる四つの社会的条件、アセット・マネジメント、ネットワーク、中間支援組織、都市政策などの整備が重要なのである。
東日本大震災後の復興事業がガバナンスによって進められ、本書がその一助になれれば幸いである。
[にしやま やえこ/金城学院大学教授]