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  • PR誌『評論』224号:なぜ、今、J・R・コモンズなのか?

なぜ、今、J・R・コモンズなのか?

柴田 德太郎

J. R. コモンズ(1862~1945)は、T. ヴェブレン(1857~1929)と並び称されるアメリカ制度学派の巨頭であるが、近年その評価が高まりつつある。

制度派経済学は1930年代頃までアメリカで影響力を保持していたが、ケインズ経済学の隆盛とともに衰退し、その後影響力が低下していった。「不安定な市場経済を国家の有効需要管理政策によってコントロールする」という考え方が、第二次大戦後、支配的となったのである。しかし、1970年代になるとケインズ主義的有効需要管理政策は、スタグフレーションの発生に伴い行き詰まりに直面する。「不確実な未来」を神のように「合理的に予測する」ことは、エリート官僚でもできないことが明らかになったのである。

そこで、ケインズ主義に代わって登場したのが、ハイエクの「自生的秩序論」であった。1980年代以降、「市場に任せる」という(ネオ・リベラリズムの)考え方が席巻し、規制緩和が進行していく。その結果が、今日の「格差拡大」であり、「金融不安定性」であった。こうした難題に対処するためにはどうしたら良いか。「市場に任せる」規制緩和路線はこうした難題を拡大してしまう。ケインズ主義的需要管理政策も、各国で財政赤字が累積する中で限界に直面している。そこで、忘れ去られていたアメリカ制度学派が再び脚光を浴びるようになった。なかでも、ヴェブレンではなくコモンズが再評価されつつある。その理由は何か。

「思考習慣」=制度が文化的進化の主体であり、自然選択の対象であると、ヴェブレンは論じる。野蛮時代の環境に適応する金銭的制度(営利原則)にとらわれる営利企業は、平和愛好的な産業社会への回帰に適応する産業的制度と対立し、自然選択(淘汰)の対象となる。古い思考習慣は時代遅れとなり、営利企業は衰退に向かい、資本主義は内部崩壊する。そして、現代産業社会が生み出す新しい思考習慣が主流となり、労働者、技術者を担い手とする社会主義が実現する。これが、ヴェブレンの描いた未来社会像であった。しかし、社会主義が有力なオルターナティブであった時代が終焉を迎えると、資本主義の内部崩壊を論じたヴェブレンの自然選択の制度進化論に代わって、資本主義の制度改革を提起するコモンズの人為選択の制度進化論が注目を集めるようになった。

ヴェブレンの制度進化論は、ダーウィンの自然選択の理論を、文化的進化に応用したものである。これに対して、コモンズは、プラグマティズムの始祖であるC. S. パースの進化論の枠組を制度進化論に応用する。パースの進化論は、偶然的要因を重視するダーウィン的進化論と必然的な要因を重視するヘーゲル的進化論の対立を、「習慣の獲得」という創造的要因を重視するラマルク的進化論によって克服しようとするものであった。その応用が、コモンズの人為選択の制度進化論である。彼は次のように論じる。

人間は「合理性の限界」と「根源的不確実性」という二つの問題に直面している。それゆえ、未来の予測が困難となる。人間は神ではないからである。そこで、人間は「慣習」に依存して行動する。そして、共有される「慣習」が「制度」なのである。では「制度」とは何か。「制度」とは「個人行動を制御し、解放し、拡大する集合行為」である。例えば、私有財産を守る法制度は、他人の財産を奪う自由を禁止することによって、個人の経済活動の自由を拡大するという役割を果たしている。つまり、制度は「合理性の限界」と「不確実性」に直面する我々人間に「義務の調和」を通じて「期待の一致」を保証するものなのである。利害の異なる多様な諸集団間での「義務の調和」によって、公共目的に資する制度が生まれ進化する。

コモンズは人為選択の制度進化論に、パースの探求の理論を適用する。パースの探求理論の目的は「自然法則の発見」である。社会的、文化的問題に適用するためには「デューイのプラグマティズムの媒介」が必要となる。デューイの「社会的プラグマティズム」の基準は「望ましい社会的結果を導くかどうか」である。パースのプラグマティズムは、デューイによって社会心理学に応用され、「目的」という概念が導入される。これは、パースやヴェブレンが拒否した概念である。「望ましい社会的結果を導くかどうか」は、公共的「目的」が基準となる。

では、コモンズは「社会的プラグマティズム」をどのように彼の制度進化論に適用したのであろうか。労働法規の進化を例に取ってみよう。彼はパースの探究理論を応用して次のように論じる。①「婦女子の福祉」、「労働者の福祉」が制限的(不足する)要素であることが認識される。(問題の発見)②オーウェンのような進歩的雇主が、労働者に労働時間の短縮・高賃金などの良好な労働条件を提供することによって、長期的には生産性上昇、離職率低下、顧客の愛顧獲得により利益を増やすことができるという「共栄・共存」の模範を示す。これが、無形財産(暖簾)価値の源泉となる。(仮説形成)③しかし、労使の互酬関係は全領域には広がらない。雇主の中には「啓発されていない利己心」を持つ者がいるからである。彼らは、労働時間の延長、価格引き下げ競争によって短期的な利益を得ようとする。この競争は賃金と物価を引き下げ、進歩的な雇主の先駆的試みを後退させる。(仮説の検証と限界)④このため、労使の自発的な互酬関係形成を補完する労働法規が必要となり、労働時間短縮・最低賃金引上などの法案が成立する。(仮説の修正)こうした労働法規が成立する背景には(政治家、社会運動家、宗教者、医師、労働者、保守的為政者、開明的工場主など幅広い社会層が参加する社会運動の高まりによる)世論の変化があった。「婦女子の福祉」、「労働者の福祉」が公共的目的の一部であると見なされるようになったのである。

劣悪な労働条件で長時間働かされれば婦女子の健康は損なわれ、労働力や軍人の再生産は支障を来し、国民国家というゴーイング・コンサーン(継続する活動体組織)の継続が困難となる。「労働者の福祉」が損なわれる場合も同様である。国民国家というゴーイング・コンサーンの継続が公共的目的となるのである。

このような多元的能動的主体の集合行為によって制度が創造的に進化するという議論は、現代資本主義が抱える難問を解決する際の一助となるだろう。

[しばた とくたろう/東京大学名誉教授]