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五十周年記念特集●災害とコミュニティの「これから」─孤立と協同②      コロナ禍と母子世帯の住まい

葛西 リサ

コロナ禍により、母子世帯が苦境に立たされている。

そもそも母子世帯の貧困率は驚くほど高く、その要因の一つが、補償のない不安定就労に従事していることだと指摘されてきた。2016年の厚労省の調査によれば母子世帯の平均年収はたったの243万円である。おおよそ自転車操業でその日その日を生き抜いてきたであろう彼女らに対し、何の補償もせぬまま、保育や教育の場を閉じ、自粛要請を迫ることは、生活の糧を奪うことと同義である。
働く術を失った彼女らの生活はすぐに破綻することが予見された。平時、彼女らの半数が賃貸住宅に暮らし、うち三割強が民間の賃貸住宅に依存する。よって、生活が困窮すれば、確実に家賃支払いは難しくなる。日本の住宅政策は、家賃補助制度を持たない。2017年に家賃補助等のメニューを盛り込んだ新たな住宅セーフティネット制度がスタートしてはいるが、利用のしにくさからほとんど機能していない。
この制度は自治体自ら家賃補助分の予算を確保することが条件だが、これを予算化している自治体は2019年9月現在、全国でたった32団体。その上、細かな利用要件が付くため、ほとんど利用は難しいと言えるだろう。

筆者は、非常事態下のひとり親の住生活事情を記録するため、SNS等を通じてインターネットアンケート調査を実施した。5月15日現在、有効回答数は473件、その半数以上が、自由記述欄に長文の苦悩を寄せている。
例えば、「とにかく食住の支払いができなくなって数か月。もう限界にきています。でも、これ以上借金もできません。とりあえず、食べ盛りの子供たちにお腹いっぱい食べさせてあげる事ができないか毎日試行錯誤している現状です。」など、目を疑うような窮状がそこには綴られていた。
アンケートでは、減収した者はもちろん、収入が変わらなくとも生活が苦しくなったという回答が目立った。例えば、収入の増減にかかわらず支出が増えているという点である。自粛生活により水道代、光熱費や食費、マスク等衛生商品にかかる支出が増えたという声は実に多い。
筆者の調査では民間賃貸住宅に暮らす母子世帯の収入に占める住居費負担率は平時においても平均35%と高いことが明らかになっている。そして何よりこの住居費は節約することができない。多くが平時ですらギリギリの家
計から家賃を工面している。ここに、他の支出が割り込めば、確実に家計は破綻する。アンケートでは約六割が民間の賃貸住宅に居住していた。また、コロナ禍以降家賃支払いが苦しくなった世帯は約六割、その中には、預金の切り崩しや借金による支払いのほか、すでに家賃を滞納している者もいた。
さらに、本人の収入は減らずとも、子のアルバイトがなくなり世帯収入が減ったというケースもあった。「大学生の子供がコロナの影響でアルバイトが出来ず、家にいます。食費、光熱費、水道代がかかり支払いに大変に困ってます」。この回答に見るように、困窮家庭では、子がアルバイトをして家計を助けているケースは少なくない。
よって、公的支援の基準を「世帯主の減収」などに限定してしまうと、多くの困窮者を見捨てる結果になることに注意を要するのだ。

案の定、困窮者支援の現場では家賃滞納による追出し案件が急増していると聞く。また、ひとり親向け物件紹介サイトへのアクセス数は緊急事態宣言以降、平時の2倍に増えているという。
4月に入り、政府は生活困窮者自立支援法に基づく住居確保給付金の要件緩和を繰り返した。本来、失業者対策としての成り立ちをもつ制度基準が目の前の利用者ニーズと乖離しすぎていたことがその理由である。とはいえ、所得制限は未だ厳格で支援は3カ月(特例は9カ月)と短い。対象は失職や減収による困窮とされており、ここで指摘した支出増による困窮ケースなどは確実に見捨てられている。そして、最後のセーフティネットとも呼ぶべき生活保護の現場では、今なお、水際作戦が繰り返されているという。
忘れてはならないのは、今回の居住貧困の蔓延は、新型コロナウィルスによるものではなく、住宅政策の無策がもたらしたものであるということである。いうなれば人災である。
その被害者ともいうべき親子が、いまこの瞬間にも飢えに苦しみ、住まいの喪失に怯え命を削っている。
この窮状に日本の住宅政策はいかにして立ち向かうのか。いまこそ、その真価が試される時といえるだろう。

[くずにし りさ/追手門学院大学准教授]